去る1/23(日)午前11時ごろ、ムラの方から電話。
「橋崎さん!○○さんが冷とうなっとらすて聞いて見にいったら、やっぱそぎゃんだった!見に来てくれんね?」
初めての事態で面食らいつつも着替えて3軒隣の現場に急行。3軒隣と言っても、道のりで200mくらいは離れている。二人暮らしの高齢者宅に入ると、○○さん(男性)は寝室の布団の中で明らかに死後硬直と見られる状態で亡くなっていた。
まだ何の対応も取られていないということで、区長たる自分が行うことを期待されている。まずはムラの診療所の先生に確認してもらうのが早いのか?日曜で不在かもしれないが診療所の職員に電話。するとやはり救急に電話した方がいいと助言されたのですぐに119に掛ける。
五家荘は八代市最奥の僻地であり、救急車が到着するまでは1.5時間は掛かる。たとえ同じ「町内」から出動するとしても。
救急が到着して死亡を “確認” 。つまり救急の業務ではなくなったとのことで、警察が到着次第引き継ぐとのこと。正式な死亡確認は警察署に移送して行うことになる。
まずは地元の駐在さんが到着して現場検証。そして遅れて本署から刑事2名がやってきて事件性がないかを確認するために現場検証。情報伝達に関わった人物全員には事情聴取。
まずは奥さんが発見、隣の家に行くが留守のためにその隣の家へ。そこの方が確認して対応が分からなかったためか別の村人に連絡→現場確認→俺に電話。という流れ。
○○さんの息子さん夫婦が到着して刑事による詳細な事情聴取が始まった。家庭環境などの踏み込んだ話のため、聞かない方が良いだろうと思い帰宅。この時点で午後3時。
結局○○さんは90歳手前という高齢と持病のために亡くなった、との見解。いわゆる寿命というやつだ。奥さんも80代中盤の高齢ということもあり、息子さんが引き取っていった。これまでも引き取ってもらったほうがいい環境・状況ではあったが、本人たちが敢えて希望して山に住んでいた。冬はかなり辛いものの、山の人間にとっては下(しも=下界・街)の暮らしは耐え難いものがある。特に夏の地獄のような暑さは。
通夜・葬式は通常通りに営まれたが、会場が八代市内ということでコロナの感染拡大が急速に進む状況においてはムラの高齢者は誰も行けなかった。ムラの “代表” である自分も、新年のムラの初会すら開けなかった立場では人が密集するであろう場には行けなかった。それほどにこのムラは高齢化が極限近くまで進んでいるので、症状が軽いとされるオミクロン株でさえも細心の注意を図らなければならなかった。
その代わりに、お骨が帰ってきて村人だけで集まって手を合わせに行った。それがお別れ会になった。奥さんの名前だけは世帯主として残るものの、もう帰ってくることはほとんどないだろう。これでムラの世帯数は17になった。